柴原廣彌の遺稿 19
093 マンダレー兵站病院入院 昭和十九年十二月十四日マンダレー兵站へ行き本隊の動静を調べてもらうように連絡 |
094 マンダレー大空襲 昭和二十年一月となり敵爆撃機二十機程の編隊が次々と入れ替わり立ち替わり来襲し、 |
095 マンダレー兵站病院退院 昭和二十年一月十七日川村伍長等と共に兵站病院を退院した。川村伍長が五中隊の上 |
096 部隊へ追及・牛車輸送 兵站で五十一連隊の追及兵が一団となり追及する事になったが、その時に兵站の命令 |
097 連隊本部へ到着 多分シュエジンという部落だったと思うが漸く連隊本部に到着した。そこでは思いも |
098 中隊本部へ復帰 昭和二十年二月十日バンコック以来約一年ぶりに五中隊に復帰した。松村中隊長は既 |
099 イラワジ河畔の作戦 川渕の崖下で下給品のゼリーを食い乍、暫時待機をしていると遠く下流の方では戦闘 |
100 克作戦 昭和二十年二月十八日カンパ付近で連隊本部は敵の集中砲撃を受け、着任したばかり |
2011.10.14.